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2012/08/19 (Sun) 「母」



8月11日に母が亡くなった。

お通夜の日の午前中、父方の叔母3人が母の私物の整理に
やって来てくれた。沢山の洋服などに紛れて、結婚前に
書いてたと思われる日記が出て来た。
おそらく、書いていたのは10代後半か20代前半だろう。

その小さな、とても律儀に書かれている文字を見ながら
母の青春時代を想った。

自分の親の10代や20代だった頃を想像することなんて
今までなかったが、それは確かにあったわけで。

文字の向こうに、その姿を見たような気がした。

2012-8-19-2.jpg
自分が上の写真と同じ年齢の頃に、その母と撮った写真。

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comment

 

Satoさん

この一枚目のお写真は初めて拝見します。
どなたが撮影されたのでしょうか。

弾けるような笑顔がまぶしく、
またちょっとすくめた肩の感じといい、
前に揃えられた手の感じといい、
あの上品な文字を綴られた方の印象にぴったりです。
すごく素敵な写真ですね。

こんな私にも、お母様が遺されたものを色々と見せてくださって、どうもありがとう。

一週間が過ぎ、さとちゃんにもお父さまにもお疲れが見える頃だと思います。
どうか身体には気を付けて過ごしくだいね。

今夜くらいはゆっくりと一人、
ありのままに涙を流してもいいのではないかしら。

2012/08/19 20:19 | Meg [ 編集 ]


 

Megちゃん、こんばんは。

来てくれてありがとうね。
君には感謝しているよ。

本当にありがとう。

2012/08/19 21:10 | Sato [ 編集 ]


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2012/08/21 14:46 | [ 編集 ]


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2012/08/21 21:16 | [ 編集 ]


 

Sさん、コメントをありがとうございます。
優しい言葉に胸が詰まってしまいました。

ある意味、空気みたいな、居て当然の人がある日居なくなると
まるで実感が湧きませんね。実家に帰ると、「おかえり」の声
が聞こえて来るような気がします。

実は、12年前に兄が事故で亡くなっているので、これで身近な
人が亡くなるのは2度目です。なので、Sさん書かれる文章に
親近感が湧くのかも知れません。

でも、元気出さなきゃですね。
いつか向こうで彼らに会う時は、笑顔でと思っています。

2012/08/21 22:46 | Sato [ 編集 ]


 

mちゃん、コメントをありがとう。
とっても嬉しかったよ。
読んで、ちょっと泣いちゃった。

いつかはそういう日が来るとは思っていたけど、やはり悲しいね。
親孝行出来たのかなぁとか、楽しい人生だったのかなぁとか、
いろいろ考えてしまうよ。

直ぐには無理かも知れないけど、元気になったらまたそっちへ
お邪魔するね。書きたいこともいろいろあるし。

君もお母さんと仲良くね。

書いてくれてありがとうね。

2012/08/21 23:03 | Sato [ 編集 ]


 

つい先日、名古屋に行った折に実家に寄ってきました。
両親と会うのは7ヶ月ぶりで、また老いていた二人を見て、こうやって数ヶ月ごとに会いに来るのもあと何回あるのだろう、気がついたときには両親とのこの風景は既に無くなっているのかも知れないなと、いつも会うたびに思います。
そいう年齢に自分も周りもなってしまったのですね。

子供の頃、親がいなくなってしまうなんて考えたことがありませんでした。
学校から帰ってきて、でも家には誰もいなくて、待っていると必ず夕方頃に仕事から母が帰ってくる。
驚かそうとタンスやコタツの中に隠れてそこから急に飛び出して、それに驚いた表情の母を見るのがとても好きでした。きっと隠れていることは判っていたのでしょうけれど、それでも驚いたフリをしてくれる母。いつまで経っても、その頃の母が「私の母の姿」です。

Satoさん、
いつかは来てしまう「そのとき」が来てしまったのですね。
永遠など無いことはわかっていても、とても辛く悲しいことですね。
けれども、写真の中のお母様の笑みが永遠に続くように、Satoさんにとっての「母の姿」もその胸の中にきっとこれからも続いていくことでしょう。

2012/08/28 19:53 | akasaka [ 編集 ]


 

akasakaさん、こんばんは。
優しいコメントをありがとうございます。

自分も若かりし頃は実家へ寄り付かず、1年に1度帰れば
いい方でした。会えば口うるさい存在に閉口してしていたから
だったからでしょうけど、それは、家に帰れば両親が元気で居る
という前提があったからかも知れませんね。

ぼんやりと思ってはいましたが、やはり親が年老いて行くのを見る
のは辛いですね。

母親の「おかえり」の声が忘れられません。

2012/08/28 22:23 | Sato [ 編集 ]


遅まきながら 

お悔やみ申し上げます。
私も父を亡くした時のことをふと思い出しました。

2012/10/01 02:17 | maki [ 編集 ]


 

makiさん、こんばんは。
お返事が送れて申し訳ないです。

当たり前に居た人が、ある日居なくなると、実感がまるで
沸かないものですね。

実家へ帰れば、確かにそこに居なくて、声もしないんですが、
またこうやって、自分の家へ戻って来ると、実家に母親が居る
ような錯覚に襲われます。

いつの日にか、本当に居なくなったことを実感する日が来る
のでしょうか。

2012/10/03 22:52 | Sato [ 編集 ]












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  • Canon EOS 5D Mark IIIで撮影した
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